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【Vol.6】 これまでの人生で一番うまい食べ物は何か? (2002年4月)
「生涯で一番うまかった食い物は何か?」という質問をされたら、あなたはどう答えるだろうか?「銀座のXX亭のしゃぶしゃぶ」とか「横浜のXXXX軒の北京ダック」など、お店のブランド名や高級な食材名を真っ先にあげる人は、「ふん、成金野郎め」と心の中で非難されるかもしれないことを覚悟した方がよいだろう。
本当にうまいものは、「滅茶苦茶に腹が減ったときにたべるもの」が一番なのだ。5時間くらい山登りして、やっとたどり着いた頂上で青空を見ながら食べるおにぎりは絶品でない訳がない。夏休みに部活で校庭を走り回ったあとに水道の蛇口に口を付けて飲む冷水の一口目は、高級料亭のハモのお吸い物よりは格段にうまいに決まっているのだ。
しかし、さらにもっとうまいものがある。それは「滅茶苦茶に腹が減った状態」という条件に加えて、「1つのことに熱中して一心不乱に何かを捜し求めているポジティブな精神状態」・・・すなわち「精神が正しく飢えている」という条件を加える必要がある。体だけが食べ物を要求するのはタダの「腹減ったよ」状態であり、これは何か食べるとすぐに満腹になって「これはうまい!」という鮮烈な記憶を脳裏に刻み込むには至らないのである。生涯忘れ得ないような「うまい!!」を脳裏に焼き付けるには、精神が正しく飢えている必要がある。
すなわち、本物の「これは生涯で一番うまい!」に出会うには、それなりの修行が必要なのである。で、私の一番うまかった食べ物は何かという話である。それは18歳の時に食べた「焼き鳥」である。当時、私は作家を志しながらもちっともいい作品が書けずに、しかし自らの文才に根拠のない絶対的な自信を持ちつつ、金に困ったり女に飢えたりという若造のお決まりのトンネルの中で、どうして生きていったらいいかわからず、放浪の果てにたどり着いたリスボンの下町のとある安食堂でその焼き鳥と出会った。
古いお城の麓にある煉瓦作りのその安食堂では、囲炉裏に炭が明々と燃えていて、その網の上で数羽分の鶏が丸ごと無造作に並んで焼かれていた。ポルトガルではニンニク・パセリ・オリーブオイルをベースにしたシンプルタレを塗りながら長時間かけてこんがり焼くのが一般的だ。店の従業員がハサミで切って皿にのせてくれたその焼き鳥にガブリッと噛みついたとき、私は「一番うまい!」に出会ったのである。しかし、それ以来、あれほどのうまい焼き鳥には出会っていない。腹と精神が極限に飢えているときだけに出会うことのできる一期一会の極上の「うまい!」であったのだろうか。
【Vol.5】 あなたは40年前の食生活に戻れるか?(2001年)
今から40〜50年前までは、日本人は実に豊かな食生活を送っていました。魚介類は「天然もの」、鶏卵は平場飼いの抗生物質を食べていない健康な鳥から取り、野菜は無農薬有機栽培、米も無農薬で天日干しの手間暇かけた米作りをしていました。海は豊かでニシン・鰯などは「下魚」として扱われ、畑の肥料にされていました。小川にはドジョウ・ウナギ・タニシ、山林に季節ごとのキノコ類や山菜類など、今では高級食材になってしまった自然の恵みが豊富にありました。ところが今、その頃の食生活を実現しようとすると、とんでもなく金がかかります。子供の頃はそういう食べ物のありがたさも価値も知らずに、着色料で真っ赤なウィンナーや、コカコーラの方が遙かに高級品でおいしいと思っておりました(もったいない)。ちなみに私はチクロ(後に発ガン性ありということで日本市場から姿を消した人工甘味料)を水に溶かして、甘いジュースを飲むのが大好きでした。アホですね。
そんな反省から、数年前から醤油や酢は長期間かけて熟成させた本醸造、塩はミネラルや「にがり」がたっぷり入った天然塩などを使ったり、無農薬・低農薬で育てたお米・野菜を契約農家から買うようにしています。また、化学調味料・防腐剤・合成着色料などが入った食品は避け、できるだけ手作りを心がけているわけです。しかし、現代社会ではこれも限度がありますねぇ。いわゆる「焼け石に水」というヤツに近いかも知れませんね。いずれにせよ、我が家の目標は「40年前の食生活をお手本にせよ」です。
そういえば、最近のニュースを見ていると、罪のない人を無差別に殺傷したり、小さな子供まで傷つける残忍な事件が多発しています。もしかしたら、戦後の食生活や環境ホルモンの影響で、現代人の脳に何らかの影響・損傷がでているはと少し疑っています。
【Vol.4】 インターネットは人類にとって「善」か「悪」か?(2000年)
最近、某省庁のホームページが何者かに改竄されるというハッキング行為が話題になりました。また、インターネットがポルノ・麻薬・テロなどが横行する無法地帯になってしまっているという指摘もあります。【Vol.3】 一流の芸を持つ本物の職人(2000年)
新潟には蕎麦屋が比較的に多いように思います。しかし、製麺所で製造した出来合の蕎麦を使っているお店や、業務用の蕎麦つゆを使っているお店も少なくありません。もちろん、それが悪いということではありません(むしろ、業界ではこれが常識です)。
しかし、農家と契約栽培した蕎麦の実を自分の店で石臼でひいたり、そばつゆを独自の方法で作っている「こだわりの職人芸」の店の蕎麦は、やはりひと味もふた味も違うと私は思います。私は仕事が一段落したたまの休みに、とっておきの蕎麦屋さん(3軒あります)に行くのを楽しみの一つにしています。お店も決して高級志向だったり豪華絢爛ではありませんが、凛とした風格・・・・・すなわち、その蕎麦屋の経営者の哲学がしっかりとお店のたたずまいやサービス全体にでています(値段も決して高くない)。
こういう一流の芸を持つ本物の職人こそ、日本がこの不況を乗り切るためのお手本になるかもしれません。顧客満足度の低い商品を大量に垂れ流し、大量に捨てるという20世紀型の産業の仕組みはもう古いのです。日本全国で起きている産業廃棄物や一般ゴミの処理問題などは、まさにその典型ですね。一流の芸を持つ蕎麦職人のもの作り、始末の仕方に学ぶべき点が多いのではないでしょうか?
【Vol.2】 これで「おあいこ」だ!(1999年)
1998年8月に日本の各地を襲った季節はずれの豪雨は、私の住む新潟市にも凄まじい爪痕を残して行きました。近所では床上浸水した家屋・工場・店舗が多くありました。会社や社員には直接的な被害はありませんでしたが、弊社のセキュリティ部係長(番犬のローラのことですが)が、雷と豪雨に恐怖して深夜に家出してしまいました。昼頃、私がたまたま、氾濫する川の様子を見に行ったときに、ローラが濁流の中でもがいているのを発見しました。あわや濁流ののまれて日本海に流れていくかと思われた瞬間、私の伸ばした手がローラの首輪をつかむことができ、一命を取り留めた次第です(危機一髪)。
そういえば、かれこれ6年ほど前、我が家全員はローラに命を救われたという事件があることを思い出しました。キャンプ場の帰り道、高速道路を運転しながら、疲れてウトウトと居眠り運転(いけないことです)を始めた瞬間、突然、激しく吠えて、叩き起こしてもらったのです。助けてもらった命を助けてやり、これで「おあいこ」ということでしょうか。そんな訳でローラと私とは不思議な因縁を感じる今日この頃です。
<後日談>
さっそくこのページを訪れていただいた読者様よりメールいただきました。「ローラはあなたのご家族全員の命を救ったのだから、「おあいこ」は間違いではないか、まだローラの方に多くの「貸し」がある筈である」という趣旨の粋なご指摘をいただきました。その通りです。タイトルを「これで一つ借りを返したぞ!」に、謹んで変更させていただきます。ご指摘ありがとうございました。(2000/2/21 池田)
【Vol.1】 何か変だぞ!金融政策!----日本を良くする7つの提言 (1998年)
天下の1流企業だと思っていた日本長期信用銀行(長銀)が破綻し、国民の税金で救済されることになったそうです。しかも、長銀の役員・社員全員の退職金は満額が支払われたそうです。一般の民間企業では考えられないことですね。一般的な中小企業では倒産すると、社長は家屋敷を銀行に担保として没収され、一家で債権者に土下座することだってあります。もちろん、そんな状態で社員に退職金がまともに支払われるケースは皆無に等しいのではないでしょうか?
そういえば、国会では景気回復策の1つとして、商品券を国民(老人と子供)に配布する計画があるそうです。普通に考えると、それも何だか変なアイデアですよね。「ほろ酔いひとりごと」の筆者としては、景気回復策として、次の7点を提言したいと思います。